千葉県八千代市 砥部焼の店 山椒房

砥部焼 - 歴史

砥部町の歴史

松山から国道33号を南へ。
重信川を越えると、そこは230年以上の歴史を誇る砥部焼の故郷・砥部町です。
焼き物の原料となる土に恵まれ、窯に火を入れるための燃料のアカマツに恵まれ、さらに登り窯を設けるのに適した傾斜地にも恵まれていた 砥部町 では、古くから焼き物が盛んでした。
町内には6~7世紀頃のものとされる須恵器の窯跡も残っています。
とはいえ、この当時に砥部で焼かれていたのは陶器。
それが現在の磁器に転じたのは安永4年(1775)のことです。
大洲藩主であった加藤泰候が、藩の財源確保のために磁器づくりを命じたことがきっかけでした。
技術面での研究開発を担ったのは、 砥部町 麻生村の杉野丈助という人物。
丈助は失敗を繰り返しながらも、3年後に磁器焼成を成功させることができました。
その後、文政元年(1818)には向井源治が原料となる川登陶石を発見し、さらに嘉永元年(1848)には井岡太蔵がレンガを使った窯をつくるなど技術面でもさまざまな進歩を遂げます。
明治26年(1893)にはシカゴ世界博覧会で一等賞を獲得するなど、その名は世界規模で広まりました。

砥部焼伝統産業会館

歴史的価値の高い古砥部や国の伝統工芸士に認定された職人さんの作品などが所狭しと展示されています。最新の作品も展示されているので、砥部焼の移り変わりも楽しめます。
砥部町 の中心位置に存在するため窯元さんめぐりの中心地点として目印にもなります。

登り窯(のぼりがま)

梅山窯・炎の里の登り窯。
砥部の窯は始め、土や石で作られていたが、嘉永元年(1848)に肥前と同じようなトンバリ(煉瓦石)で築かれるようになったそうです。
当時は焚き上げる登り窯が町内にたくさんあったが、今ではガスなどの燃料を使った窯が主流で、薪を使う窯は珍しくなりました。

陶板の道

全長500メートルの道には至る所に砥部焼の陶板が敷き込まれている。
全部で580枚もの陶板は、町内の陶工が思い思いに絵付けしたもので、個性豊かな絵柄が楽しめる。
ここから砥部町の町並みも一望できます。

神の森大橋

平成6年に完成した日本で最初に造られた木造の車道橋。
春には桜が咲き、橋の下の遊歩道に下りて、清流のほとりを散策できる。
陶芸舎ふるさと生活館もすぐ側にあるので、砥部町を訪れた時には、お薦めの場所です。

スタンプラリー

砥部町では『砥部の里めぐり 陶街道五十三次』というスタンプラリーをしています。
砥部焼に関する53箇所にスタンプが設置されて、いろいろなところを見学しながらスタンプラリーを楽しめます。
貝殻亭Resort&Garden
お薦めプラン
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■:定休日
■店舗案内
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《 住所 》
千葉県八千代市勝田台北2-4-5
TEL:047-484-9638
《 営業時間 》
10:00~18:00
《 アクセス 》
京成本線勝田台駅北口 徒歩5分
東葉高速線東葉勝田台駅T-1出口徒歩4分
砥部焼大使
砥部焼大使の皿
LINK
砥部焼き観光センター炎の里
愛媛のアンテナショップいよかん
BOOK
焼き物の里砥部―82窯元めぐり
砥部焼手仕事の味力
砥部焼手仕事の味力
陶街道五十三次しらべ帖 《砥部陶街道検定》
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